今年の総選挙で労働党が大敗し、党首エド・ミリバンドはすぐに辞任しました。その後、党の幹部が次々に党首候補に名乗りを上げ、左派寄りの候補者がいないことに気づいた一部の党員が、ジェレミー・コービンに出馬を強く勧めたのです。まったく勝ち目がないと見られていた彼は、立候補に必要な35名のMP(下院議員)の推薦を得るのに苦労し、締め切りギリギリで36名の推薦を得ました。当初、ブックメーカーが示した彼の当選確率は、200分の1でした。(英国では、登録された仲介業者すなわちブックメーカーを通せば、ほとんど何でも合法的な賭けの対象にできます。)
ところで、ジェレミー・コービンとは何者なのでしょう。彼は、1983年以降ロンドンのイズリントン・ノース選挙区選出のMPを務めており、それ以前は労働組合の役員をしていました。強固な反戦主義者であり、アフガニスタンやイラクの紛争に強い反対の声をあげ、両戦争に反対する世論では目立った存在でした。また、大量破壊兵器(WMD)に強く反対し、まだ学生だった1966年には核兵器禁止運動(CND)に参加しています。労働党の下院議員の中で最大の反逆児として知られ、1997年から2010年の間に238回(全体の25%)の議員投票で党の路線に反する投票を行っています。2009年の議員経費スキャンダルでは、一部のMPが自宅改築費などの項目で莫大な経費を請求していたことが発覚した一方で、コービンは経費請求額が最も低いMPであることが判明しました。国会での彼は、髭とカジュアルな服装(ノーネクタイ、ノースーツ)で知られています。 党首選における彼の政綱は「緊縮財政反対」でした。公共サービスを削減することによって政府の財政を救おうという保守党の主要政綱には反対の立場です。理論上、労働党は公共サービス改善を公約にしていますが、実際は与党でも野党でも政権の座にある時には、指導者たちが公共サービスを削減し、その後も保守党と部分的に協定を結んでいます。他の3人の党首候補も、公共サービス削減については、ある程度支持しています。一部のメディアから「コービノミクス」と呼ばれるコービンの経済政策は、住宅・交通に対するイングランド銀行からの投資、鉄道・電力会社の再国有化および累進課税の強化を訴えています。 彼の見解は、保守党および労働党内のブレア派(元首相トニー・ブレアの支持者)から冷笑を浴びました。しかし、テレビやラジオで他の候補と一連の討論を重ねていくうちに、コービンは本命候補になっていきました。多くの人々は公共サービスの削減に辟易しており、質問に対して率直に答える彼に好感を持ったのです。コービンは、大多数の政治家のように質問に別の質問で返し、巧みにはぐらかすのではなく、率直かつ直接的な答弁を心がけていました。 2大労働組合を含む多くの組合が支持を表明したことで、コービンの勝機は高まりました。大多数の労働党MPに反対されていたにもかかわらず、前党首が行ったルール変更が彼をさらに後押ししました。その変更とは、労働党の目的と価値観を支持する一般国民は、3ポンドを支払うことで「登録支持者」となり、選挙で投票ができるというものです。コービンの人気が高まるにつれ、多くの市民(その多くは若者)が登録支持者となりました。 労働党の大物達はこの展開に驚愕と恐怖を感じ、テレビや新聞でコービンに対してあからさまな批判を浴びせました。トニー・ブレアは、コービンの信者は「不思議の国のアリス」政治の虜だが、彼の政策は崖っぷちに向かって突進する自殺行為も同然であると訴えました。また、コービン優勢の展開は西欧民主主義における従来の政策への幻滅を示しているとブレアは捉えています。 しかし、反対勢力の中、コービンはそのまま圧倒的優勢で選挙を進め、第1回投票で59.5%を獲得し、大差をつけて労働党の指導者となりました。英国党首として過去最大級の支持を得たことになります。 このように、英国政治は新しい時代に入りました。コービンは総選挙で勝利できるのでしょうか。あるいは総選挙まで指導者としてやっていけるでしょうか。労働党の政治家や支持者の多くは、個人的にコービンの目標に賛同できるとしても、彼の政策で選挙を勝つことはできないと感じています。果たしてそうなのでしょうか。トニー・ブレアの予想は的中するのでしょうか。誰にも分かりません。今後を見守るしかないでしょう。でも、もし彼が勝利することになれば、英国政治の根幹を揺るがす事態となるでしょう。 コメントの受け付けは終了しました。
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7月 2022
筆者Jeff |