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Aspects of language and culture, by Jeff
~言葉と文化のとらえ方~

第156回 アルフレッド大王

11/23/2020

 
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前回はアーサー王と円卓の騎士の伝説についてみてきました。今回は実在した歴史上の人物であるアルフレッド大王についてみていきましょう。
アルフレッド大王(848~899年)はウェセックス王国の王(在位871~886年)となり、その後アングロサクソン族の王(在位886~899年)となりました。アルフレッドは軍の優れた指揮官で侵攻してくるヴァイキングと戦い、アングロサクソンを完全な敗北から救いました。また、彼は教養があり、慈悲深く、優しくて穏やかな性格の人物として知られ、教育を推奨しました。基礎教育をラテン語ではなく古英語で行うことを提案し、法制度や軍の組織、そして国民の生活の質を改善しました。アルフレッドは“大王”と称された唯一のイングランドの王です。
アングロサクソン族は5世紀半ばから7世紀に、何組かの種族間の婚姻もあったものの、ケルト族であるウェールズ人を西部へ追いやってブリトン島に入植し定住しました。アングロサクソン族は現在のイングランドとほぼ同じエリアに住み着きました。やがて自治権を持つ小さな地域が合体してそれぞれ王を立て、王国となりました。それらは北部のノーザンブリア王国、中部のマーシア王国、東部のイースト・アングリア王国、そして南部と西部にまたがるウェセックス王国です。
これらの王国はおおむね互いに争うことなく暮らし、次第にキリスト教化していきました。
アルフレッドはウェセックス王国のエゼルウルフ王の末息子で、自分の前に王となった三人の兄(エゼルバルド,エゼルベルト,エゼルレッド)がいました。また妹も一人いました。
865年、大異教軍として知られるヴァイキングの大軍がデンマークからアングロサクソン王国に侵攻し、16歳のアルフレッドは兄であるエゼルレッド王の下で兵士となりました。戦況は厳しく、勝った戦いよりも敗れた戦いのほうが多くありました。871年4月、エゼルレッド王が亡くなりアルフレッドがウェセックス王国の王となりました。まもなく、二つの大きな敗戦によってアルフレッドは王国から侵入者を撃退できるかもしれないという希望を打ち砕かれ、ヴァイキングが撤退するよう彼らと和睦を結ばなければなりませんでした。記録は残っていませんが、これには間違いなく大量の金が必要だったことでしょう。
876年、デーン人は再びウェセックスに侵攻し、ドーセットのウェアラムを占領しました。そして878年1月にはアルフレッドが王室の拠点としクリスマスを過ごしていたウィルトシャーのチッペナムを攻撃しました。この戦いで国民の大半が死んでしまいましたが、アルフレッドはなんとか数人の仲間とともに逃げのびました。その後、アルフレッドはウェセックス王国のゲリラ型の防衛手段を取り、沼地に身を潜めました。
本当かどうか分かりませんが、こんな逸話があります。戦いで疲れ切ったアルフレッドを農民の女性がかくまってくれたのですが、彼女はアルフレッドの正体を知らず、焼いているパンの火をみているよう頼みました。しかし、アルフレッドは物思いにふけパンを焦がしてしまい、戻った女性にひどく叱られたそうです。
878年はアングロサクソン王国の歴史において、ウェセックス王国が侵入者にひたすら抵抗しているだけのどん底の年でした。
878年5月、アルフレッドは沼地の拠点から出てサマセット、ウィルトシャー、そしてハンプシャーの一部から人を集め、軍隊を編成しました。彼らはエディントンの戦いで大勝し、デーン人をチッペナムのヴァイキングの拠点まで追いつめ、そこで包囲して彼らを飢えさせ敗北へと追い込みました。
その後も多くの戦いを経て、アルフレッドは徐々にマーシア王国を獲得しました。そしてデンマーク人のリーダーと停戦協定を結び、北西から東へちょうどロンドンの上まで伸びるラインに沿って国を半分に分けました。これはデーンローとして知られています。
それから何年も平和な年が続き、時々デーン人による奇襲もありましたがすべて撃退しました。
国民にとても愛された王、アルフレッドは4人の息子と1人の娘をもうけ、899年10月26日にこの世を去りました。アルフレッドはいくつかのキリスト教の教えにおいて聖人として崇められています。また彼の像は世界中に立てられ、多くの教育機関の名が彼にちなんで付けられています。アルフレッドはまさに“大王”ですね。

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    筆者

    Jeff
    イギリス、ランカシャー出身。1992年からYTBのエディターとして活躍。その他にも大阪大学、関西大学、大阪外語大学で教壇に立っている。大阪在住。

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