
第9回 受動態の和訳
日本語では「能動態」で表現する文章が英語ではしばしば「受動態」で書かれています。これを律儀に日本語も受動態にすると、ぎくしゃくした邦文になります。今回は、このことを少し考えてみましょう。
メディカル文書では、実験や観察・調査の結果や成績に関する文書での方法や目的の表現は通常、受動態の構文で表現されます。例えば次の治験報告書での文の様になります。
Biomarker (IL-6 and TNFα) were measured in blood samples obtained on Days 1, 15, and 29.
この文を初級の翻訳者に和訳してもらうと殆どの方が「Day1、15および29に採取された血液サンプルにおいてバイオマーカー(IL-6とTNFα)が測定された。」と訳します。皆さんはどうでしたか?
では、これらのバイオマーカーは「誰によって」測定されたのでしょう。英文ではこの「誰によって」はby・・・で具体的に示されますが、by・・・が自明のときはこの様に省略されてしまうのです。
直接的に測定したのは検査技師さんでしょうが、それを依頼したのは治験依頼者、つまりこの報告書の筆者(達)です。このように「誰によって」は筆者(達)であることが明らかなので、「by us」を省略してしまったのです。
実験や観察・調査の計画→実施→報告は、それらを企画した研究者(達)によって能動的かつ主体的に行われますので、上の例文は本来能動態で書かれるべきものです。では、この例文を能動態に戻してみましょう。
We measured Biomarker (IL-6 and TNFα) in blood samples obtained on Days 1, 15, and 29.
この様に実際に能動態の英文にしますと、We(I)だらけの英文になってしまいます。その様な文章は、洋の東西を問わず子供の作文「僕は・・・をしました」「私は・・・と思います」と同様になって、非常に幼稚な印象を与えてしまいます。
つまり、実験や観察・調査の結果や成績に関する英文は基本的に能動態で書きたいのですが、①そうすると幼稚な文章になる、②We(I)が計画→実施→報告していることは自明である、と言う理由からWe(I)が省略できる受動態で表現するのです。
一方、日本語では能動態であっても主語が自明であれば省略することができます。例えば「昨日銀座でデートしたよ」という日本語は主語もなければ目的語も無いのですが、ちゃんと通用するのです。もちろん主語が話し手であり、目的語が話し手の恋人であることが聴き手にも十分理解できるからです。
この日本語の特性を使えば、能動態の文章であっても英語の難点である「We(I)だらけ」を回避できてしまうのです。
上述の能動態の英文を日本語にしますと;
Day1、15および29に採取された血液サンプルにおいて、我々はバイオマーカー(IL-6とTNFα)を測定した。
となりますが、この「我々は」を省略してしまって良い、つまり、日本語訳では;
Day1、15および29に採取された血液サンプルにおいて、我々はバイオマーカー(IL-6とTNFα)を測定した。
と表現することができるのです。
以上の様に、実験や観察・調査の結果や成績に関するメディカル文書の受動態を和訳するときは、能動態の日本語で表現するのが適切なのです。具体的には「(受動態の主語)を・・・した。」と訳せば、通常の日本語オリジナル文書での表現と一致してきます。
最後に、「採取された血液サンプル」のことを日本語では「採血」と呼びますので、例文の最も適切な和訳は
Day1、15、29の採血において、バイオマーカー(IL-6とTNFα)を測定した。
となります。デハデハ・・・![]()