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ジョン・F・ケネディ大統領暗殺に関する機密文書の公開

1963年11月22日にテキサス州ダラスでジョン・F・ケネディ大統領が暗殺されて以来、(その銃撃事件の捜査のために設置された)ウォーレン委員会が結論づけたように、この事件がリー・ハーヴェイ・オズワルドの単独犯ではないことを多くのことが示唆しています。共謀と2人目の発砲者に関する多くの疑惑がささやかれ、この組織の責任である、または、あの組織の責任であるということに関する多数の本が書かれています。責任を問われているのは、CIA、マフィア、当時の副大統領リンドン・B・ジョンソン、キューバの国家元首フィデル・カストロやその他大勢です。元ロサンゼルス地区検事長のヴィンセント・バグリオーシは、かつて、合わせて42の組織、82人の暗殺者、そして214人が様々な共謀計画で起訴されたと述べています。

共謀説の中には、暗殺後、米国連邦政府が重要な情報を“隠ぺいした”とするものもあります。現在、米国政府はこれまで極秘とされていた、暗殺に関する2,800のファイルを公開しています。以下に示すのは、これまでに明らかになっている情報の一部です。

ジョン・エドガー・フーバー長官のメモによると、オズワルドの殺害計画があることをFBIがダラス市警に警告したが、ダラス市警はオズワルドを保護することができなかった。

フーバー長官は1963年11月24日に、“昨晩、オズワルド殺害のために結成された委員会のメンバーであると落ち着いた声で話す男からダラス支局に電話があった”と書き留めた。

“直ちに警察署長に知らせたところ、署長はオズワルドを十分に警護することを約束した。今朝、オズワルドに対して何らかの行動がある可能性について注意するよう再び署長に電話した。署長は、しっかり警護することを再度約束した”

“しかし、警護はなされなかった”

(オズワルドは11月24日にジャック・ルビーによって国営テレビの中継中に殺害された。)

FBIのメモによると、ソ連は、ケネディ暗殺の裏にはおそらく右翼またはリンドン・ジョンソンが関わっているのではないかと懸念しており、大統領不在の中、米国の無責任な司令官がソ連に向けてミサイルを発射するかもしれないと恐れていた。

メキシコシティーにおける電話の傍受によると、オズワルドは1963年9月28日にはメキシコのソビエト大使館でワレリー・ウラジミロヴィッチ・コスチコフ領事と話をしていた。オズワルドはその後10月1日に大使館に電話をかけ、名前を名乗り、電話に出た守衛に対し、くだけたロシア語で「ワシントンへの電報に関して何か新しい情報はないか」と尋ねた。

CIAのメモではコスチコフを“特定済みのKGB職員”とし、“破壊工作や暗殺を任務とする”部隊であるDepartment 13の一員であると記している。

FBIニューオリンズ支局のメモによると、1963年10月、FBIダラス支局はオズワルドを追跡しようとしていた。

FBIニューオリンズ支局の捜査官は、“キューバの情報源”によるとオズワルドが捜査対象者であると記し、その情報をダラス支局に伝えた。メモには“ダラス支局が現在リー・ハーヴェイ・オズワルドの居場所を突き止めるために調査している”とあった。

FBIは当初から共謀の可能性を意識していた。11月24日付けのメモでは、フーバーはすでに共謀の可能性を恐れ始めていた。フーバーは、「私が懸念しているのは、オズワルドが真の暗殺者であると人々が納得するような何かが発行されてしまうことである」と言った。

おそらく、最も不可解であったのは英地方紙へ警告である。CIA副長官からFBI長官へのメモによると、ケネディ暗殺の25分前に、イギリスのケンブリッジ・イブニング・ニュースの記者が匿名の電話を受け、ある重大ニュースのために米国大使館に電話するよう言われた。

“電話をかけてきた人物は、ケンブリッジ・ニュースの記者に、重大なニュースがあるのでロンドンの米国大使館に電話をかけるよう言っただけで電話を切った。大統領死亡の知らせを受けた後、記者はケンブリッジ警察署にその匿名の電話について通報し、警察はMI5に通報した”

“重要なのは、MI5の算定によると、その電話がかかってきたのは大統領が撃たれる25分前であったことである”

まだ公開されていない多数の文書と同様、これらの情報によって、さらなる共謀説が浮かび上がってくることでしょう。現在、FBIとCIAがそれらの文書を調査中です。文書の次回の公開期限は2018年4月26日です。